12/19/2006

無常と笑いと才能の関係

Attanagalla_rajamaha無常と笑いと才能の関係
アルボムッレ・スマナサーラ長老

 残念なことに、日本はマンネリ人間でないと立場がない社会です。この事実は我々が個人的に頑張ってもどうすることもできません。ただ、私から見て歯がゆいのは、日本人は一発で仕事を成功させることに慣れていないこと。百回繰り返さないと結果が出ない、出してはいけないと思い込んでいるように見えることです。三十分でできることに三時間かけるのだから、当然コストがかさんで何でも高くなります。最終的には立派にできても、それでは評価できませんね。ストレスだらけで必死になって、しかも結果はよくないのだから……。そういうポイントを直せば、日本はホントに豊かになると思います。

 皆さんも、ご自分の仕事だけは、短時間で失敗のないようにやってみれば如何でしょうか?

 みんな自分にはそんな才能はないと思って悩んでいます。でも仏教の立場から言えば、才能というのは特別なものではありません。ブッダの無常論を知るならば、即ちそれが才能なのです。無常を理解して、「同じことは二度と起こらない」という気持ちで生きていれば、脳細胞はビシビシと動くのです。例えば、「毎日同じ我が家に戻るぞ」と思ったら、それはとんでもない間違いです。毎日、同じ家に戻るなんて無常という真理からはあり得ないのです。そうやってとことん、無常を理解して生きてみることです。

 それから、脳を動かすためには、いつでも明るくて、楽しくいなければいけません。みんな苦しんで、悔しがって、競争心に燃えて、腹を立てて、ライバル意識で生きているでしょう。脳内でアドレナリンばかり作っていますが、アドレナリンは身体にすごく毒です。いつも明るく笑える人間なら、アドレナリンいらずで落ち着いて生きていられます。

 笑うといっても、他人を嗤(わら)うのはダメですよ。自分の抱えている仕事や人間関係や様々な問題にちょっとした冗談のポイントを見つけて、自分を笑っちゃうのがクールなのです。脳から落ち着きのホルモンを出すためには、笑うことが一番です。それから、ホントに才能を身につけたければ、「無常であること」を徹底的に理解して、心から納得することです。それでみるみる才能が現れてくるのです。

(スマナサーラ長老法話から構成しました/編集 佐藤哲朗)
 
日本テーラワーダ仏教協会機関誌『パティパダー(Patipada)』
2550/2007年12月号(Vol.13 No.8(No.142))掲載

11/28/2006

「知っている」人に進歩はない

Stupa 「知っている」人に進歩はない
 アルボムッレ・スマナサーラ長老

 
 人間は「あれも知っている」「これも知っている」と言いたくてたまらないものです。でも気をつけて下さい。「私は知っている」という高慢は、ものすごく巨大な「心の鍵」になるのです。高慢という鍵で、自分の心を頑丈にロックしてしまう。それでもう進歩はなし。人生はおしまい。「私は知っている」という人は、お釈迦さまにもどうにもできません。

 人間は誰でもそんなに差はないのです。しかし「まだ知らないことばかり」という態度でいる人だけが、成長できるのです。「私は知っている」という人は、鍵をかけた心のなかで、日々、知恵が衰えていくのを待つしかない。高慢という心の鍵を開けるのも閉めるのも自由意志です。心の鍵は自分で開けるしかないのです。

 修行の世界でも、「私はここまで進んでいる」という人はぜんぜん前に進めません。ヴィパッサナー冥想は「まだこれがある、まだこれがある」と自分のダメなところ、未熟な処を観る道だからです。「ここまで進んだのですけど、次は?」と聞かれても、「次は」ないのです。そういう修行には勇気が必要なので、知識人でないとやりきれない。ブッダの定義する知識人とは「まだ私には欲がある。まだ怠けてしまう。これではまだまだ情けない」と自分の小さな欠点にも気づける人のことです。

 ヴィパッサナーは中道的な瞑想だから、あまりにも悲観的になるのもダメだし、「ここまで進んだ」と慢心してもダメ。完全に悟るまではずうっと有学(うがく)だから、いま自分が学ぶべき処を観るしかありません。学校でも、瞑想でも、分からないところに、知らないところに重点を置いて勉強しないと進歩はないのです。

 修行者が預流果に悟っても、「自我がない」という処でウロウロしていると「愚か者!」と怒られます。「自分という実体がないと分かっても、怒りや欲が出るでしょう」と。預流果に悟ったら、次はそうやって自分の未熟な処、感情に当たらないといけない。だから自分の愚かさに気づくことは、修行の完成まで続く仏教の大切なポイントです。

 (スマナサーラ長老法話から構成しました/編集 佐藤哲朗)

日本テーラワーダ仏教協会機関誌『パティパダー(Patipada)』
2550/2007年11月号(Vol.13 No.7(No.141))掲載

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